愛してもいいですか
「社長、帯が曲がっています」
「え?あー、車に乗った時にずれちゃったのかも」
「着物の時くらい落ち着いて動いてください」
神永は呆れたように言うと、鏡の前に立つ私の後ろで膝をつき帯をぐぐっと直す。
「苦し……あーもう、だからお見合いに着物なんて嫌って言ったのよ!」
「仕方ないでしょう。仮にも社長令嬢ですから、こういう時くらいきちんとした格好をしていただかないと」
「そうかもしれないけど……」
容赦無く帯を締め直す神永に、苦しい反面男でここまで出来るなんて、本当によく出来た秘書だと思う。
「ついでに髪も直しますね、失礼します」
立ち上がった神永は、まとめた髪から微かにこぼれた後れ毛を直そうと、その指先で私のうなじに触れる。そんな姿を鏡越しに見つめた。
これがもし、日向だったら。なんて、また姿を重ねている。
日向、なにしているんだろう。
日向のことだから、どこからか聞きつけて来てくれるかもしれない。『相応しいか見るために』って、いつかのように。
……なんて、ね。
そもそももう秘書じゃないんだから、相手が相応しいかなんて気にかける必要ないじゃない。
また馬鹿な期待や、夢を見てしまう自分が少し嫌になる。
「日向でしたら、来ませんよ」
「え……?」
突然のその一言に視線を鏡へ向けると、背後の神永はこちらへ視線を向けることなく私の髪を直している。