【短】50-50 フィフティ・フィフティ
「やめなさいよ、嫌がってるじゃないか」
背後から、落ち着いた男性の声がした。
私は、振り向いた。
真後ろに座っていた鼻の下と顎に髭を蓄えた男性が、私の異状に気付き、声を掛けてくれたのだ。
痴漢の手は、一気に引いた。
振り向いたタイミングで、痴漢の容姿が分かった。
ボサボサ頭の30代半ばの男。小肥り。
「うるせえな…お互いに楽しんでんだよ、引っ込んでろ」
痴漢は、生意気に言い返した。
40歳くらいのダンディなお髭さんは、呆気に取られた顔で「そうなの?」
と私に訊いた。
「ち、違いますって!」
「濡れてるぜ、この女」
痴漢男のゲス発言に、私の怒りは、頂点に達した。
男の患者さんに、タッチされてしまうのは、時々あることだけれど。
ここまで屈辱されることはない。
こんなの耐えられない。
「ふざけないで!」
私は、自分のバッグをひっ掴むと、一目散に、シアターを飛び出した。
駅前通りを小走りで駅に向かった。
「待ってよ!そこの君だよ!白い服を着た君!」