STOP
第26話
「おい、そこの天才君、それ以上勉強してどうするんだ。」
和人が下校していると、後ろから英の声がした。
英は一人ではなかった。
隣には女の子 ― 月野が並んで歩いていた。
「絶対に受かるという保証はないよ。やるだけやっとけば自信もつくし。」
「お前が落ちるんなら俺なんか夢の中でも受からねえよ。」
「あら、私は園山先輩が合格するのを一週間前に夢で見たわ。」
にこにこしながら月野が話に入ってきた。
西部地区対抗戦の最後の試合から実に5か月が経とうとしていた。
今やサッカー部のヒーロー英と2年生一かわいいと噂される月野のカップルは、学校中の話題の的になっていた。
英と月野が知り合ったきっかけを、和人は前川徹也からきいていた。
最初は英と徹也、月野とその友達の4人でボウリングに行ったのだが、英と月野はすぐに仲良くなり、次の日は二人だけでボウリングに行ったという。
聞いた直後はかなり落胆した和人であったが、月日がたつにつれて元気を取り戻していた。
ただ、月野が笑った時にでる左ほほのえくぼを見る度に胸が高鳴るのを、和人は抑えることができなかった。
「その夢は西城高校だったのか?本当は北高だったんじゃないか?」
「ううん、確かに西城だったわ。『サッカー部に入って、橘先輩と一緒に北高を倒すぞ。』って息巻いてたもの。」
「ようし、聞いたか和人。千波の夢は未来を写す夢なんだ。なんかそんな言葉があったよな、なんて言ったっけ…。」
月野の名前は千波といった。
「予知夢のことか?」
「そうそう、その予知夢だ。俺は必ず合格する。きっと、おそらく、たぶん、もしかしたら…。」
「おいおい、本当は自信がないんだろ。受験まで1か月を切ったっていうのに。」
「橘先輩、実は今日、園山先輩ったらね、担任の勝見先生から『合格する確率は、今のままなら5%だ。』って言われたんですよ。」
「え?50%じゃなくて、5%?」
和人がぷっと噴き出した。
「担任の発言として、いくらなんでも5%はないだろう。俺を落ち込ませてどうするんだって感じだよ。消費税じゃあるまいし5%なんて。」
「でも英、本当に落ちちゃったらどうするんだよ。私立も受けなかったし、高校浪人なんて聞いたことがないぞ。」
「心配ご無用、長い人生のほんの一年間じゃないか。例え浪人しても千波と同級生になれば、それはそれでまた面白いかも。」
「橘先輩、騙されないで下さいね。本当は滑り止めをちゃんと確保しているんですから。」
「おい、それは言わない約束だろ。」
しかたがないな、というふうにため息をついて英は話し出した。
「実は西部地区対抗戦の後に、北高の和田監督と会ったんだ。」
「えっ、和田監督ってあの、和田監督?」
「そう、で、言われたんだ、うちに来ないかって。」
「ええっ?和田監督自ら勧誘しにきたの?」
「ああ。奥山中との決勝戦を見に来ていたらしいんだ。」
「すげえ、それってすげえじゃんか。で、英はなんて言ったの?」
「誘っていただいたのはとてもありがたいんだけど、持病を抱えていてとても北高の練習についていけないから、すみませんって。」
「持病?」
「ほら、おれ体力が極端にないじゃん。あれってたぶん内蔵のどこかが悪いと思うんだよな。」
「そんなことわからないじゃないか。」
「いや、十中八九間違いない。」
「もったいないなあ、和田監督がそれだけ目をかけてるってことは、もしかしたら一年生でレギュラーに抜擢されるかも知れないのに。」
「いや、北高の練習は半端じゃないよ。たぶん俺には無理だ。」
「でもさっき滑り止めって言ってたのは?」
「ああ、和田監督が言ってくれたんだ。もし西城に受からなかったら北高が拾ってやるって。」
「ふうん、そういうことか。でも、本当にすげえ。なるほど、それなら西城に受からなくても大丈夫…。」
「それは違うぞ、和人。俺は本気で勉強してるんだ。本当に高校浪人してもいいと思っている。俺の人生のわかれ道なんだ。」
和人の言葉を遮り、いっきにまくしたてると英はふーっと息を吐いた。
「すまん、柄にもなくちょっと興奮した。…まあ、そういうことだから和人、これからも勉強を教えてくれ。」
いつになく真剣な英の態度に和人は頷くしかなかった。
いつの間にか前川サイクリング店の交差点に来ていた。
和人は英と千波に「じゃあ。」と手をあげた。
すると英が、
「おいおい、今言ったこと聞いてなかったのか?俺んちにきて勉強を教えてくれよ。」
「えっ、今から?だって、デート中だろ?」
「違うよ、千波はこの先の友達んちへ行くところなんだ。なっ。」
「はい、実はそういうことだったのです。」
千波が笑う。
「しかたないなあ。じゃあ1時間半だけだぞ。」
和人は英の家の方角へ向きを変えた。
和人が下校していると、後ろから英の声がした。
英は一人ではなかった。
隣には女の子 ― 月野が並んで歩いていた。
「絶対に受かるという保証はないよ。やるだけやっとけば自信もつくし。」
「お前が落ちるんなら俺なんか夢の中でも受からねえよ。」
「あら、私は園山先輩が合格するのを一週間前に夢で見たわ。」
にこにこしながら月野が話に入ってきた。
西部地区対抗戦の最後の試合から実に5か月が経とうとしていた。
今やサッカー部のヒーロー英と2年生一かわいいと噂される月野のカップルは、学校中の話題の的になっていた。
英と月野が知り合ったきっかけを、和人は前川徹也からきいていた。
最初は英と徹也、月野とその友達の4人でボウリングに行ったのだが、英と月野はすぐに仲良くなり、次の日は二人だけでボウリングに行ったという。
聞いた直後はかなり落胆した和人であったが、月日がたつにつれて元気を取り戻していた。
ただ、月野が笑った時にでる左ほほのえくぼを見る度に胸が高鳴るのを、和人は抑えることができなかった。
「その夢は西城高校だったのか?本当は北高だったんじゃないか?」
「ううん、確かに西城だったわ。『サッカー部に入って、橘先輩と一緒に北高を倒すぞ。』って息巻いてたもの。」
「ようし、聞いたか和人。千波の夢は未来を写す夢なんだ。なんかそんな言葉があったよな、なんて言ったっけ…。」
月野の名前は千波といった。
「予知夢のことか?」
「そうそう、その予知夢だ。俺は必ず合格する。きっと、おそらく、たぶん、もしかしたら…。」
「おいおい、本当は自信がないんだろ。受験まで1か月を切ったっていうのに。」
「橘先輩、実は今日、園山先輩ったらね、担任の勝見先生から『合格する確率は、今のままなら5%だ。』って言われたんですよ。」
「え?50%じゃなくて、5%?」
和人がぷっと噴き出した。
「担任の発言として、いくらなんでも5%はないだろう。俺を落ち込ませてどうするんだって感じだよ。消費税じゃあるまいし5%なんて。」
「でも英、本当に落ちちゃったらどうするんだよ。私立も受けなかったし、高校浪人なんて聞いたことがないぞ。」
「心配ご無用、長い人生のほんの一年間じゃないか。例え浪人しても千波と同級生になれば、それはそれでまた面白いかも。」
「橘先輩、騙されないで下さいね。本当は滑り止めをちゃんと確保しているんですから。」
「おい、それは言わない約束だろ。」
しかたがないな、というふうにため息をついて英は話し出した。
「実は西部地区対抗戦の後に、北高の和田監督と会ったんだ。」
「えっ、和田監督ってあの、和田監督?」
「そう、で、言われたんだ、うちに来ないかって。」
「ええっ?和田監督自ら勧誘しにきたの?」
「ああ。奥山中との決勝戦を見に来ていたらしいんだ。」
「すげえ、それってすげえじゃんか。で、英はなんて言ったの?」
「誘っていただいたのはとてもありがたいんだけど、持病を抱えていてとても北高の練習についていけないから、すみませんって。」
「持病?」
「ほら、おれ体力が極端にないじゃん。あれってたぶん内蔵のどこかが悪いと思うんだよな。」
「そんなことわからないじゃないか。」
「いや、十中八九間違いない。」
「もったいないなあ、和田監督がそれだけ目をかけてるってことは、もしかしたら一年生でレギュラーに抜擢されるかも知れないのに。」
「いや、北高の練習は半端じゃないよ。たぶん俺には無理だ。」
「でもさっき滑り止めって言ってたのは?」
「ああ、和田監督が言ってくれたんだ。もし西城に受からなかったら北高が拾ってやるって。」
「ふうん、そういうことか。でも、本当にすげえ。なるほど、それなら西城に受からなくても大丈夫…。」
「それは違うぞ、和人。俺は本気で勉強してるんだ。本当に高校浪人してもいいと思っている。俺の人生のわかれ道なんだ。」
和人の言葉を遮り、いっきにまくしたてると英はふーっと息を吐いた。
「すまん、柄にもなくちょっと興奮した。…まあ、そういうことだから和人、これからも勉強を教えてくれ。」
いつになく真剣な英の態度に和人は頷くしかなかった。
いつの間にか前川サイクリング店の交差点に来ていた。
和人は英と千波に「じゃあ。」と手をあげた。
すると英が、
「おいおい、今言ったこと聞いてなかったのか?俺んちにきて勉強を教えてくれよ。」
「えっ、今から?だって、デート中だろ?」
「違うよ、千波はこの先の友達んちへ行くところなんだ。なっ。」
「はい、実はそういうことだったのです。」
千波が笑う。
「しかたないなあ。じゃあ1時間半だけだぞ。」
和人は英の家の方角へ向きを変えた。