手をのばす
照明が最小限に抑えられているこの店は、沢渡が教えてくれた。

手元あたりにちょうど明かりが落ちて、表情をほどよくぼやけさせてくれる。

それは酔いを加速させる効果もあるだろう。

「江崎さんからのお誘いなんて珍しいな。どうした?」


沢渡の「どうした?」を、私は心地よく耳の中で何度も繰り返した。

低く響く声が、心からいいと思う。

沢渡は私の隣でビールを飲んでいる。

少しひじを右にずらせば、すぐに触れてしまいそうな距離だ。

それに向かい合って座るよりも、並んでいる方が、ずっと話しやすいことを知った。



こうして男の人とカウンターで並んでお酒を飲んでいると、とても大人になった気分になる。

煙草でもふかしたら、もっと大人に見えるかもしれない。

なんて、子供じみたことを考えていた。










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