手をのばす
そうして金曜日。

私たちは気軽な居酒屋に入り、3人で乾杯をした。

私はグラスを右手で高く持ち上げた。

この日はもちろん右手の指輪はしたままだ。

沙耶とおそろいなのが分かれば、沢渡に変な誤解をされることもない。

そんなこと、気にしているのは私一人だけだろうけれど。


「うまいなー。仕事上がりの一杯はやっぱ最高だよね」

「だから沢渡くんそれ、なんかおじさんくさいよ」

私が吹きだした後そう返すと、沢渡は笑って


「働き始めると時間があっという間でさ、どんどん歳をとってるような気になるよ。まだまだぺーぺーなんだけどね」

と突き出しの枝豆をつまんだ。


「あーわかるかも。一日一日は長くても、いつの間にか季節が変わってるのに気づく感じかなあ」

そうそう、と私は沢渡と会話を交わしながら、まだ店に入ってから口を開いていない沙耶に

「じゃあ何注文しようか。沙耶は?何がいい」

と話しかけた。



「なんでもいいわ」

思わぬ冷たい返事に一瞬ひるんだけれど、沢渡の前でぎくしゃくするわけにもいかない。

何も気づかなかったように続けた。

「サラダは頼むでしょう。あと焼き鳥と。あとは・・・」

「ねえ沢渡さん、沢渡さんて彼女とかいるんですか?」


私を無視して、沙耶は沢渡に向かって問いかけた。
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