手をのばす
次の日も、自ら進んで自分を忙しくさせた。


思いのほかたっぷりと仕事が回ってきて、今日も残業が出来そうだ。

定時の鐘が鳴ると、すぐに沙耶が私の席へやってきて

「由紀子今日も遅くなりそう?」

と私のパソコンの画面を覗き込んで、気の毒そうに沙耶が言った。


「うん。ごめんね先に帰っていて」

「そっかあ。じゃあ今日沢渡さん誘ってみよっかな」

口を尖らせて、沙耶がつぶやいた。


「いいんじゃない」

私は抑揚のない声で答えた。

「そうしてみる。じゃあまた明日ね」

沙耶の足音が遠ざかったのを確認してから、私は天井を仰いだ。


本当は、私の気持ちを知っていて意地悪をしているんじゃないかと思ってしまう。

わざわざ私の席に来て、沢渡との食事を宣言なんてしなくてもいいのに。



無神経だ。

人の気持ちなんて、分かろうともしていないんだ。

こんなに私は沢渡を好きなのに、我慢してあげているのに。

沙耶のために。

自分の気持ちを押し殺しているのに、それに気づこうともしないなんて。



沙耶を責める言葉が、どんどん心の中に満ちてゆく。
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