手をのばす
ある日、休憩がてらコーヒーでも入れようと給湯室の棚を開けると、インスタントのビンは空になっていた。


仕方なく休憩室へ行くことにした。

休憩室とは言っても、フロアを出た廊下の奥に、背もたれのないソファが並べてあるスペースだ。


そこには自販機も置いてある。




「ああ、田島さんでしょー、私も思った」

突然沙耶の苗字が聞こえてきて、私は足を止めた。

休憩室からだった。


声で同じフロアの後輩たちだとわかる。



「いよいよ江崎さんと同じ髪型になったよね。前からあの二人べったりだと思ってたけどねー。知ってる?化粧品とかも同じもの使ってるみたいだよ。更衣室で見たって総務の子が言ってたもん。それに、あの指輪!」



「あれびっくりしたよね。おそろいなんだもん。いくら仲良くてもあそこまでやる?」



私は踵を返してその場を離れた。


どうして私があんなことを言われなければならないんだろう。

好きで同じ髪型にしているわけでも、おそろいの指輪をしているわけでもない。


怒りが心底から這い上がってくる。


沙耶が、勝手にやっているだけだ。



怒りの矛先は心無い噂をする後輩にではなく、沙耶に向かっていた。
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