手をのばす
自席に戻って気を鎮めようと、うつむいてじっとしていた。

デスクの上に置いたメモ書きの黒い文字を意味なく目でたどる。

すると沙耶が近づき、私の椅子の横で屈んだ。


「ねえ由紀子。今日仕事終わったら買い物付き合って。由紀子の使ってるグロス私も欲しいんだよね」

上目遣いでこちらを見ている。

その視線が妙にうっとおしかった。


私は口を開いた。


「そんな話していないで、仕事したら」


沙耶の表情がふっと落ちた。

私の顔をまじまじと見つめていたけれど、そのうち目を泳がせて戸惑いながら


「そうね、ごめん」と自分の席へ戻っていった。




沙耶が悪いんだ。

沙耶が私の気持ちも考えずに勝手な振る舞いをするから･･･。


これまで沙耶に対して持った数々の疑問や違和感や、沢渡と話す横顔や、後輩の声が、一斉に心の中に吹き出した。



あふれた思いがこぼれ落ちて、沙耶への言葉になった。


離れた席に座る沙耶の背中がいつもより小さく見えた。
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