笑わない王様
「ここならいいか」
なぎはそう呟いて、ようやく私の口と腕を離した。
「っぷはあ!!!」
あー!死ぬかと思ったっつーの!!!
なんて言葉にするほどの余裕もなく、私はぜえぜえと息をいっぱい吸った。
「はー…はぁー…」
ちらっと、横に立っているなぎを見る。
しんどそうに息を整えてる私のことを、なんともない目で見ていた。
連れ去られたことより、その目の方が、私には大きなダメージだった。
「…なぎ…」
「もうその呼び方するな」
ぽんっと吐かれた言葉。
まるで私の心臓を叩くみたいに。
「…ご、ごめん」
よくよく考えたら、なぎももう子供じゃない。十年前の、あの泣きじゃくるなぎじゃない。
なんでもない奴になぎ、なんて軽々しく呼ばれたくない…よね。
「じゃあなんて呼べばいい?」
「萩原様」
…………
…………………は?
今、この、目の前の、無駄に明るい金髪の、無駄にルックスがいい奴は…即答でなんてことを言ったの…?
「え、ええっと。え?なに?」
もしかしたら聞き間違えかもしれない。
色んな状況が重なって頭がついていかなくなって、変な風に聞こえたんだ。
「萩原様。一回で聞き取れよブス」
ああ、ダメだ。
神様。
私はこの目の前の、十年前の面影一つすら残していないもはやただの他人のことを、殴ってもよろしいですか?