*悪役オムニバス*【短編集】
(また、傷つけた)
自身の左手についた、自分のものではない血。
それが余計にマスラの自己嫌悪を駆り立てた。
マスラが植民地の民族を買い、傷つけ、死なせたことは一度や二度ではない。
男も、年寄りも、子供も。
みな、継続的に痛みを与えて、殺した。
女は今回が初めてだった。
だがしていることが悪しきことであるというのは、変わりはない。
ーーー実のところ、マスラは人を害するつもりで、植民地の民族を買ったのではない。
今も、その前も……初めから、その人を救うつもりで買ったのだ。
牢屋にすし詰めにされた人々には、ほとんど不幸な運命しか待ち受けていない。
それなら少なくとも、誰かひとりだけでも、この手で救ってやりたかった。
買収という形で兵舎に引き取り、生かしておいてやりたかったのだ。
それなのに、気がつけばマスラは、その人を苦しめ、殺していた。
刃物で切りつける、殴る、蹴る……たとえその相手が子供であろうと老獪であろうと、兵舎の中でマスラが容赦をすることはなかった。
それで結果的に、みな死なせた。
マスラが普通に戻るのはいつだって、暴行を加えた後だった。
『もう、嫌だよぉ……』
何年前だったかは忘れた。
しかし初めて引き取った人を死なせて、この池のほとりで吠えるように泣いたのは覚えている。
「……生まれてこなきゃ、よかったのに」
マスラはそこに寝転がり、天を仰いだ。
マスラは、かつてここに連れられて来た植民地の女と、傭兵との間に生まれた子であった。
隷属の者を傭兵が嬲った結果、孕ませてしまうことは珍しいことではない。
だがそうした場合、ほとんどは母親もろとも始末されてしまう。