*悪役オムニバス*【短編集】
「そんなことよりも、もっと近くにきておくれよ。
どうせ殺されるんだから、最後くらい、君と一緒にいたい」
魔法使いは言うなり、鉄格子の向こうにいるユキノに手を伸ばした。
優雅に伸びた手は、鉄格子をすり抜け、ユキノの頬へと触れる。
そして自身も鉄格子をすり抜け、そっと少女の唇に触れた。
(こいつは)
ユキノはとたんに切なくなった。
やはり、魔法使いは殺されるらしい。
この男は、悪いことなど何ひとつしていないのに、だ。
そう考えると、不意にぽろりと涙が落ちた。
自室に閉じ込められてから、ずっと歯を噛み締めて泣いていた。
どうやら目から零れたそれは、今だに乾き切っていないらしい。
魔法使いは、その涙だせ吸い取って、伏せられた瞼にも口づけた。
「甘い」
そう言って、魔法使いは、また牢屋の中へと引っ込み、その鉄格子の隙間から腕を伸ばす。
「そう泣くんじゃないよ。
いつもの勢いはどこへ行ったんだい」
「そんな……無茶を……」
濃い眉を歪めて、ユキノは嗚咽を漏らした。
「魔法使いこそ、どうして逃げないんだ。
お前なら、魔法で逃げ出せるだろう?
逃げて、また別の場所で、一緒に暮らせばいいじゃないか」
「逃避行も悪くないねえ……。
けど残念ながら、それはできないよ」
魔法使いはすまなさそうに肩を落とす。