*悪役オムニバス*【短編集】
「何をしている!」
遠くで、ブーツが石造りの床を叩く音がする。
牢番が走ってくる。
その時、魔法使いが、
ぱちん、
と、指を鳴らした。
瞬間、走ってきた牢番が、ふっと白露となって消えた。
「牢番さまにはしばらく、地上に行ってもらおうか」
魔法使いは煩わしげにつぶやく。
「魔法使い……」
「君には悪いことをした」
魔法使いはユキノに向き直り、「ごめんね」と謝った。
「君の声は聞こえていたよ。
自室でずっと、私の無実を訴えていたね」
魔法使いは言った。
ユキノの自室は、この地下牢からずっと離れている。
当然、普通なら聞こえるはずもない。
やはり魔法使いなだけに、彼は常人を逸している。
「悪いけれど、私は法的には無実ではないよ」
その魔法使いの言葉に、ユキノは耳を疑った。
「どういう、ことだ?」
「私は君に出会う以前までは、本当の“悪魔”だったのだよ。
“永遠の若さ”が欲しいがために、森に迷い込んだ子供をそそのかし、殺し、その心臓を貪った」
ユキノは息を飲む。
確かに、森に住む魔法使いが子供の心臓を狙うという話は、耳にしたことがあった。
しかし、間に受けたことはなかった。
「君に嫌われるのが怖くて、言わなかった」
魔法使いの目に、濡れたエメラルドのような碧眼が映る。