*悪役オムニバス*【短編集】
「けれど君と暮らす選択をするなら、もう子供の心臓は食べたくはなかった。
けど食べなければ、君が老けるよりも早く、私が老獪に変貌してしまう。
……かっこ悪い姿は、見せたくはないのだよ」
「阿呆か……」
あまりに不条理な理由に、ユキノは声を震わせた。
「老けてたって気にしない。
君はそう言うだろうね。
……けれどきっと、私のほうが耐えられなくなってしまうだろう」
魔法使いは立ち上がり、唇を噛んで目を潤ませるユキノの額に、自身の額をくっつけた。
「私は死ぬ。君は生きて」
「こんなところに一人で残るくらいなら、俺も死にたい」
「だろうねえ」
ユキノが鼻をすするたび、なにかに心臓を貫かれたふうに、魔法使いが胸を押さえた。
「ねえ、ユキノ。
最後だから、私のわがままをひとつだけ、聞いてくれないかな」
魔法使いは、ゆったりとした手つきでマントの中に手を入れると、そこをせわしなく漁った。
そして、
「自室に戻ったら、これを食べておくれ」
そう頼み、魔法使いはマントの中から、真っ赤に熟れたリンゴを取り出した。
「もしこれを食べた後に何かあったら、魔法使いの呪いだ、と言えばいい」
「ーーー」
「三途の川に君を連れていくことはできない。
けど、他の男に君を取られたくはないな。
……わがままな男で、ごめんね?」
また、魔法使いは笑う。
差し出されたリンゴを受け取ると、ユキノは首を横に振った。
「これを食べたら、なんだか、お前の顔を忘れちゃいそうな気がする」
「忘れないだろうさ。
そのリンゴには、君がこの先ずっと背負うことになる魔法がかかってる。
君が死ぬまで、私は君の記憶に残る」
魔法使いはいまいちど、鉄格子をすり抜けるや、強くユキノを抱きしめた。
「大丈夫。
私は死ぬけれど、男顔嗜好の王子には、絶対に渡したりなんかしない」
あの家にいた頃と同じ、冷たい腕だった。
しかし血の通った温かい腕より、この死人のような温度のない腕のほうが、ユキノは安心できた。
そうしてユキノは、気がつかぬ間に、深い微睡みの中へと堕ちていったのだった。