*悪役オムニバス*【短編集】
*
ユキノは地下牢で倒れたまま、まるで死んだように眠っていた。
目を覚ましたのは、ちょうど魔法使いの処刑が執行された直後である。
魔法使いは、最後まで怯えたそぶりを見せなかった。
それどころか、あたかも端正に作られた人形のように微笑みながら、死刑執行人によって首を切られたという。
しかし、切られた首から血は出なかった。
斧が首と胴を切り離した刹那、魔法使いの体は瞬く間に無数の鴉にかわり、その鴉たちは、解き放たれたかのように曇天へと飛び去って行った。
ユキノは自室のテラスから、城の真下にある処刑台を静々と見つめていた。
「ーーー約束、守るよ」
ユキノは言うやいなや、魔法使いから貰い受けたリンゴを齧った。
今までになく、甘美なリンゴだった。
弾けるような果実を噛み締め、ユキノはむしゃむしゃとリンゴを貪った。
芯を残してリンゴを食べ終えたが、特にこれと言って、奇妙なことは起こらなかった。
が、
「うっ⁉︎」
ユキノは突然、胸を押さえてその場に倒れこんだ。
心臓が、身体中が熱い。
骨が形を変えている。
股間にかつてない熱を感じた。
しかし、その熱は五つ数えるうちに過ぎ去った。
(いったい、なにが)
なにが起こった?
ユキノは立ち上がる。
そこでおかしなことに気がついた。
きていた服が、妙にきつい。
長かったズボンが、やけに短い。
平たかった胸はさらに平たくなり、体のあちこちが硬くなっている。
腕に力を込めれば、そこに筋肉の筋が入った。
さらに驚くべきは、なんとユキノの体に、以前はなかったものがあった。
「げっ」
ユキノは驚いて声を上げた。
その声は太く、そして唸るように低かった。
「は、ははっ」
ユキノは涙をこぼしながら、腑抜けて笑った。
“王子にユキノは渡さない”
つまり、そういうことだったのだ。
(あの野郎)
嬉しさに、男となったユキノは頬染した。
男の身になってしまえば、王子はユキノと結婚することはできない。
しかもこれで、ユキノは“姫”ではなく“王子”として、王位を継承できる。
後妻も王子であるユキノに手出しができなくなるということだ。
なにかあったら、魔法使いの呪いだと言い張ればいい。
魔法使いの言葉の意味が、ようやく理解できた。
全て、ユキノの今後を案じてのことだったのだ。
「はっ……ははは」
力なく笑続ける王子・ユキノのそばに、一羽の鴉が舞い降りた。
「おはよう」
【終】