*悪役オムニバス*【短編集】
それから近くのホテルに入り、あとは紛い物の情事。
若くしてこのような形で、このような場所で、この行為をすることはスリルがあって胸が高鳴る。
そして事が終わると、あとにはぼんやりとした快感が残った。
しかし、今日は相手が相手なだけに、いつもとは違った気分だった。
快感がなかったわけではないが、それよりも、男の身体の面妖さに目を奪われていた。
こいつ化けもんかよ。
女は下着を着ながら思ったのだった。
二人きりになるなり、男の体は、まるで全身に墨を塗りたくったかのような肌の色へと変色した。
外国の黒人のような、ああいう自然な肌の色ではない。
もっと不自然で、非人間的な、日本特有の墨汁色の肌。
やはり男の言う通り、本当に“鬼”なのかもしれない。
「鬼ってさ、もっとこう………肌の色が赤とか青じゃね?
しかもなんか、体つきもイメージと違うし」
一般的な鬼と言えば、もっと筋骨粒々で肌が赤か青だ。
おまけにパンチパーマをかけたふうな髪に角が生えている。
それなのにこの鬼は、そこそこ細身で引き締まっており、角もない。
しかも鬼の印象とはかけ離れた肌色だ。
「“人型”で黒色ってのは希少なんでな」
「鬼に希少とかあんの?」
「動物に例えりゃ、ニホンオオカミとかイリオモテヤマネコあたりだ。
妖怪の世界じゃあな」
古臭い印象の漂う妖怪にしては、やけに現代人じみたことを言う。