*悪役オムニバス*【短編集】
優菜は呆然として漣を見つめた。
濁りのない、しかし奥深い真紅の瞳。
血にも似た色の瞳が、艶やかに煌めく。
「でも……そんな、私みたいな不細工なんか……」
「謙遜はよせ。
儂は妖どもの中でも、正直な方だぞ」
漣は親指で自身を指差した。
「そなたは儂を射止めた美しき女ぞ。
誇りに思うがよい。
それとも……単に怪物と契るのが嫌なだけか?」
「いえ、そんなことは……」
優菜はかぶりをふたつ振った。
漣は瞳の色や牙を除けば、さして人間とかわりはない。
けっして醜くはなかった。
クラスメイトの生徒たちに、比べれば。
(妻になれ、ってことだよね)
優菜はおずおずと漣を上目遣いに見やる。
闇が深すぎて、結婚のことも仕事のことも、なにひとつ考えたことはなかった。
親の借金に心中、そしていじめ。
明日を生き抜くのに精一杯で、とうぶん先の未来について人生設計を立てようとも思わなかった。
そしてもうひとつ、優菜には後ろめたい話があった。
「あの……」
「なんだ、まだなにかあるのか?」
小首を傾げた漣に、優菜は体を震わせながら静かに告げた。
「わたし……処女じゃ、ないです」
優菜は蚊の鳴くような声でそれを言い終えると、きゅっと口をつぐんだ。
漣はしばし瞠目していた。
ーーー優菜が恋人と付き合っていて、その彼と契りを結んだーーー。
そういう過程で“非処女”になったのではないということが、どうやら漣にもわかったらしい。
そもそも、優菜に告白をする男はいても、優菜自身には初恋相手も恋人もいなかった。
「……どこぞの男に手篭めにされたかよ」
漣は眉根を寄せ、つぶやいた。