*悪役オムニバス*【短編集】




「ま、べつに大丈夫なんじゃねえの?
教室のドアも空いてるし、廊下に出ちゃえば、あとは渡り廊下に出るだけだし。
渡り廊下なら、内側からカギ開けれるじゃん」


とりあえず、皆で出てから考えよう、と男子生徒は言う。

素行不良のくせに、頭だけは働く男である。

周囲も目を覚ましたようで、次々と起き上がっては、瞠目し、みな声を上げた。

驚くのも仕方が無い。

みな眠っている間に、連れて来られたのだろう。

冷静になって、「そうね」と美香は立ち上がった。


その時。





からり、ころり、と下駄の音が、美香の耳に入る。

軽快な下駄の音に続き、裸足で床を走る音、なにかが這いずり回る音が、一緒になって教室に近づいてくる。

がらり、と半開きのドアが開けられた。





優菜である。





アザミの紋が抜かれた黒い振袖を纏い、髪を結い上げ、唇に紅をさした優菜だ。

教室が静まり返る。

目が眩むほどの美貌だ。

元の顔がいい優菜なだけに、化粧をし、美しい格好をするとなお良い。

美香は思わず、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして、底の厚い下駄を履いた優菜を見つめていた。

しかし、美香は我に返ると、勢い良く立ち上がる。


「おい、優菜!」


美香は低い声で怒鳴る。


「なんでテメエだけここにいなかったんだよ!
のうのうと歩いてきやがって。
説明しろや、クソブス‼︎」


美香はいつものように、盛大に優菜へと罵声を浴びせた。

ところがーーー優菜は微動だにしない。

ぴくりとも表情を変えず、涼しい顔をしている。


「ざけんじゃねえぞ、ブスッ‼︎
なんか言えって言ってんだろうがッ‼︎」


あたり散らすように叫んだ美香を、傍らにいた男子生徒が手を叩いて囃し立てる。


「美香ちゃーん。
そのへんにしといてやればー?
そいつ、カラダは結構いいし?」


担任教師が目を覚ましているというのに、男子生徒は平気で、いじめの一端を明かすも同然のことを言う。

言ったところで、担任がなにかをするわけではないと、わかっているのだろう。


それでも、優菜の顔は変わらない。

それどころか、ふふん、と綺麗な唇を吊り上げている始末である。






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