*悪役オムニバス*【短編集】
「てめえ、このッ……!」
美香は勢い良く拳を振り上げる。
親なし兄弟なし、冷たい親戚しかいない優菜だ。
どれだけ顔を痣だらけにしてやったって、優菜の保護者は気にかけない。
いままでだって、存分に優菜を殴ってきた。
いまさら抵抗はない。
しかし、美香の拳は優菜には届かなかった。
「やめよ、我らが花嫁に傷をつけるつもりか?」
獣のような唸り声が、上から降り注ぐ。
美香の拳は、大きな青白い手によって受け止められていた。
優菜の頭上を見上げれば、そこには、同じく和装をした美貌の男が立っている。
紅い眼をした男だった。
すると背後から、
「きゃああああ‼︎」
「ひいっ‼︎」
と、クラスメイトたちの絶叫の声がこだました。
「ばっ、化け物っ」
担任教師が腰を抜かす。
美香は優菜から後ろに飛び退き、開け放たれた二つのドアを見る。
ドアの先で、見るも悍ましい“なにか”が、涎を垂らしてひしめきあっていた。