*悪役オムニバス*【短編集】
たしかに自分のしたことは、いじめの範疇には収まらないようなことだった。
しかしだからといって、怪物に人を食い殺させることはないだろう。
絶望に、美香はただ涙を流すばかりだった。
その時、
「そこにおったか」
涼やかな声とともに、衣擦れの音が聞こえた。
美香は怖気を感じて振り返る。
優菜の隣にいた、あの紅目の男が、こちらに近づいて来ている。
「ひっ……!」
美香は戦慄し、震える身体で後ずさった。
「お……お願い……殺さないで……。
優菜にしたことは……謝るから……」
その場に膝をつき、美香は涙ながらに懇願した。
こわごわと男の表情を伺うと、その眼に、決して怒りは浮かんでいなかった。
逆に、なんとも恍惚とした目であった。
「儂は復讐に来たのではないさ」
男は笑うと、美香の手をそっと取る。
優しい手つきだった。
美香の中で、張り詰めた緊張が解ける。
どうやら、この男は怪物たちの仲間ではないらしい。
自分は助かったのだ。
美香はそう確信した。
しかし。
「悪を重ねた人間ほど、美味い肉はないからのう。
お前は、さぞかし美味いのだろうな」
男は鋭利な牙をむき出すと、美香の細い指を力強く握った。