カンナの花
「最初は会社に寝泊まりしていたらしい。
そのうちに、同僚というか後輩の女の人が声をかけてくるようになって。
そうやって始まったらしい。」
カンナはそこで再び一息ついた。
持ち上げたパックジュースの跡が、テーブルに残る。それは水たまりのようでもあった。
「4月の終わりごろだったかな?
ある日、お父さんが珍しく帰ってきてて、でもお兄ちゃんはその日ゼミの新歓でいなかったから、3人で家でご飯を食べてたの。
そしたらお父さんが食事中席を立って電話に出て。でもバカでさ、途中で何か押しちゃったのかスピーカーホンになって、相手の声丸聞こえ。」
「じゃカンナも聞いちゃったんだ」
「うん。
でももっと驚いたのは、お母さんは2年くらい前から感づいてたって話。今までずっとひとりで抱えてたみたいで。」
「ママ、気づいてたのに黙ってたの?!」
「それがびっくりだよね。」
「それでさっき言ってた修羅場になるわけね」
「そうそう。まずお父さんとお母さんでけんかになるでしょ。それ見てうちはパニックになって。
途中でどうしたらいいかわからなくなってお兄ちゃんに電話して。ほんとは新歓の邪魔したくなかったんだけど、やっぱりどうしていいかわからなかったから。」
「うん…」
「お兄ちゃんさ、帰ってきた途端お父さんに殴りかかったんだよね。
お父さんは立場弱いんだからおとなしくしてればいいのに、なんか立ち向かっていってさ。
それで殴り合って、歯が折れた、みたいな。
かあちゃん泣いたよね。就活生の歯が〜って言って。お兄ちゃんまだその時内定決まってなかったからね。」