私は彼に愛されているらしい
「電話、こちらで取ります!」

声に反応して振り向くと隣の島で手を挙げる清水みちるさんがいた。彼女は笑顔で手を振ると、その手を前に差し出して続けてくださいと促す仕草をする。そして受話器を上げてチーフのデスクの電話が鳴りやんだ。

彼女のデスクで取ってくれたのだ。

「申し訳ありません、只今会議で席を外しております。」

断りの言葉を囁く彼女の声を聞いてチーフは再び図面を指しながら話を始めた。おかげさまで流れが途切れずに相談が終わり、改めて設計に向かえる状態になり俺は安堵の息を吐く。

「ありがとうございます、チーフ。」

「おう、頑張れ。」

「はい。」

最後の会話をしているところにそっと清水さんがチーフの電話に付箋を貼った。さっきの電話のメモらしい。

会話の邪魔をしないように何も言わずに自席に戻っていく、その様を俺とチーフは黙って眺めていた。

「こういう気遣いをしてくれるのは有難いよな。」

心の底からの声だと素直に思える程、チーフの声は優しかったのを覚えている。

清水みちるさんを最初に意識したのはこの瞬間だった。

チーフのあの口ぶりからすると1回や2回の話ではないのだと思ったが当たりだったようだ。よくよく観察していると清水さんはそうやってさりげなく色んな人のサポートをしていることが多い。それは電話だけじゃなく、庶務的なことも多いようだ。

車の設計なんて男性比率の高い職場では自然と女性に雑務が回りやすくなる。たとえ設計士でも擦り付けの様に任されることもあってよくぼやいていた女性設計士もいた。

清水さんは設計補助のポジションだから余計に頼まれやすいのだろう。

「清水さん、この入力お願いしてもいいですか?」

「ごめん!これ出力しといて!」

「会議設定宜しく!」

「これファイルに綴じといて、見やすく分類して丁寧にね!」

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