私は彼に愛されているらしい
「…振り回された分、ちゃんとお返ししますからね。」
不意に耳元で囁かれたような衝動に私の体温は一気に上昇した。え、なにどういうこと?
「あらら?私なんか面白いこと言っちゃったみたいですね。竹内さんに何か言われたんですか?」
からかう様に目を細めた有紗はいやらしい笑みを浮かべている。やだな、いいことが起きない予感に頭痛くなってきた。
振り回したって言われても私には身に覚えがない。なのにかき乱されるこの状態って本当に大変だ、そわそわして落ち着かない。
もしかして、私の今の状態はお返しされてるってこと?
「ふふっ。いいですね、翻弄される恋愛ってのも。」
本心から言っているのだろうか、噛みしめるように微笑んだ有紗に私は思わず睨みを効かせた。
「同じ立場になってもそんな事言える?」
「きっと無理でしょうね。私、逃げ出すと思います。」
逃げる、その手があったのか!目から鱗が落ちた私は思わず瞬きを重ねて有紗を見つめてしまった。
でも駄目だ、車を置いてきた時点で私に逃げるつもりはないな。こういう腹の括り方をするのも私が女子らしくない所以なのかなと自己嫌悪に陥った。
有紗は可愛い。雰囲気もそうだが性格も可愛らしくて同性からも異性からも好かれるタイプだ。
「逃げる、か。有紗は可愛いね。」
「うん?逃げるのが可愛いんですか?」
そうじゃない、有紗は総合的に可愛いのよ。
嫌らしくない程度に身なりに気遣い、自分が女であるということを自覚して自分磨きに勤しんでいる。合コンに行くのも頻繁ではないようだし、自分を持ったまま自分に合う相手を探しているんだろうなという印象を受けた。
私はというと。
別にモテる訳でもないし、身なりだって恥ずかしくないってな具合に気を遣っている程度だ。有紗みたいに自分を可愛く見せる努力はしていないし、恋愛経験値だって低い。
少し前だったか、有紗が社内恋愛は面倒くさそうで自分に合わないから外で探しているのだと言っていた。
社内結婚をしている舞さんには睨まれていたが、自分には自分だけの世界がないと息がつまるという有紗に意外だなと思うのと同時にしっかりしているなとも思った。てっきり終始同じでないと気が休まらないのかと思いきやそうではないらしい。