私は彼に愛されているらしい
「じゃあタクシーで帰ろうか。」

当然の様に口にすると途端に竹内くんが苦笑いをして何の意味を持つか分からない長い息を吐く。

「うん、まあ…そりゃ誤解されるよな。」

吐き捨てるように言われたことは明らかに私に向けたもので、そしてそれが褒めの意味合いを持っていないことも十分に伝わってきた。

「誤解って何?」

「今の返しはそこそこ上級者並です。期待してここまで粘った男共は今のセリフであえなく敗退。そして生まれる最強伝説、清水みちるは魔性の女…って感じですか。」

「うん?」

「男を上手くかわしてる。つまり男慣れしてるって思われる訳ですよ。」

男慣れ!?聞き捨てならない言葉に私は口を大きく開けて言葉を失った。何それ何それ、凄く嫌な気分になる。

「褒めてないよね?」

「男の白旗宣言ですよ。僕には落とせませんって負け犬の遠吠えです。」

「でも褒めてないでしょ?」

「まあ褒められたものではないですね。でも言い換えれば清水さんが軽くない女性だってことです。」

またも聞き捨てならない言葉に私は時間を止めた。

でも何だろう、今度の言葉はぐるぐる渦巻く薄暗い気持ちの中で少しだけ心を温かくしてくれた気がする。

「珈琲でも飲みに行きませんか?遅くまでやっている場所知ってるんです。」

どうせ時間は沢山あるでしょう、そう言って特に気を張るでもない竹内くんがさりげなく誘ってくれたので私は何も考えずに頷いた。

不思議なものでどれだけ言い合いの様な状態になっても帰ろうとは思わない。やっぱり竹内くんって。

「不思議な人。」

「俺にしてみれば清水さんの方がよっぽど不思議です。」

どうやら胸の内が声に出てしまったらしい。竹内くんの言葉を聞いて恥ずかしくなって俯いた。

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