私は彼に愛されているらしい
終電を逃した。

これってつまりはそういうことでしょう?

私だって全く経験がない訳じゃないし多少の知識はある。今までこういう場面に何度か出くわしたけど、相手の男性はいつも焦ったように次どうするかをきいてくるばかりで。それは暗にホテルに行こうと促している下心見え見えの態度だったのだ。

勿論その誘いに乗っていく友人も何度か見送ったことはあるけど、そういう友人とは深く付き合えなかった。彼女たちを悪くは思わないし、別に有り得ることだと十分に理解してはいるけど多分、価値観が違うのだと思う。

空気を壊さないように最後まで残った私はさっきの様にタクシーで帰ると問答無用に切り捨てたのだ。

だってそれが一番スムーズだったから。

相手にどう思われようが関係ない。だってもう二度と会うことはない人だし、会いたいとも思わない。それに普段関わりがあるような人とはそういう状態にすらならなかった。

今もきっと同じ様な状況なのだけれど。

「竹内くん。」

「はい。」

「そのコーヒー屋さん、美味しいの?」

「どうですかね。好みだと思いますけど、ドーナツが人気だって聞いたことがあります。」

私の問いにちらちら顔を見ながら答えてくれる竹内くんはいつもと変わりがない、余裕のある態度だ。でも私の胃袋は別腹も含めて余裕は無いらしい。

「さすがにもう入らないわ。」

「そりゃそうでしょ。」

そう言って笑う顔も何だか特別なものに見えてきてくすぐったくなる。

「どこかに連れ込まれるのかと思ってたけど。」

「してもいいならやりますよ。」

「遠慮します。」

「でしょ?嫌がることはしない、まあ惚れた弱みです。」

あ、まただ。心に引っかかる言葉が出てきて私は思わず足を止める。

それに気付いた竹内くんは何事かと足を止めて私の方に振り向いてくれた。その態度がどうしたのかと聞いてくれている気がする。

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