私は彼に愛されているらしい
「残念ながら周りが見えていない鈍い女ってこった。用も済んだことだし行くぞ。」

驚きと苛立ちをほぼ同時に与えた天才的な男は何事も無かったように立ち上がりそのまま荷物を持って歩いていった。慌てて荷物を持ち伝票を手にしようとして私は固まる。

伝票が、無い。

まさかと思って竹内くんの姿を追うと予感は的中していた。

「ありがとうございましたー。」

やる気のない店員の声を背に受けて竹内くんはドアをくぐっていく。お会計は既に終わっていたようだ。

ってことは。

「ま、待って!私の分…!」

こんな出入り口で騒ぐと失礼になると思い私は咄嗟に口を閉ざして懸命に彼の背中を追いかけた。我が物の様に私の愛車の横で待つ竹内くんにロックを解除する。

私は平然と先に乗り込んで落ち着く竹内くんに改めて声をかけた。

「お金、確かこれくらいだったと思うんだけど。」

そう言いながら財布からお札を取り出すと竹内くんは手で遮って拒否の姿勢を示す。

「いらね。面倒だから奢ってやる。頑張ったご褒美だと思えばいいよ。」

前を向いたまま顔も合わせず言ってくれた言葉に何故か勢いを失われた。そうだな、ここは甘えとこうかななんて思ってしまう自分にも驚きだ。

「ありがとう。…じゃあ今度、機会があったら私がご馳走する。」

何だか嬉しくなって歌いそうなリズムで声が出た。自然と零れる笑みを浮かべながら財布を閉まっていると横からの視線に気が付き目をやる。

え、睨まれてる。

「あんたさ、それ地でやってる?考えなしにも程があるぞ。」

「な、何が。」

ヤバイ、何か怖い。

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