私は彼に愛されているらしい
これから口にしようと思っていることを告げてしまえば、もしかしたら彼女はもう恋人ではなくなるかもしれない。それほどにデリケートな問題を抱えて包丁握っても大丈夫なのかと流石に心配になった。

昼間の片桐さんの話を聞く限りではいい方向になる可能性は高くない。

所謂お年頃と称される時期の俺たちだ、別に避けてもいいけれど気にしてしまった手前避けるのはどうかと思う。それが俺の性分だ。

俺自身でも結婚となると首を傾げてしまうのに話なんて出来るのだろうか。腹を括るタイミングと言っても結婚することだけが結果じゃない。

将来を考えずに付き合うという見切りのパターンもあるんだ。

そんな可能性を持ったままの俺が聞いて答えてくれるだろうか。でも彼女には深い意味はないということを感じさせないと本心は聞き出せないよな。

…よし、やるか。

冷蔵庫から野菜を取り出して並べ、さあいざ人参を手に皮をむいていく。

どういう風に切り出そうか、考えていたパターンと今の状況を照らし合わせて良さそうな方を選ぼうとした時だった。

「そういえばさ。今日、みちるさんは結婚しないんですかって有紗に聞かれたのよね。」





無言を表す点が頭の中で3つほど浮かんで、ぐっ…と、人参がえぐられ折れそうになる。

すげえ、一瞬にして全身の毛穴が開いて汗が噴き出してきた。いやいや、ちょっと待ってくれよ。本気か?

まさかの展開、嘘だろ。

漫画とかなら俺は今、間違いなく手にしていたもの全てを床に落として顔面を黒く塗られていただろうよ。ピアノの低音の鍵盤を両手で力任せに押して衝撃を表していただろうよ!

「へえ。」

大した間も開けずに大した興味も持ってない風でとりあえずの相槌だけを返す。

俺は動揺していない。俺は心を折られていない。

俺は泣きそうになんてなっていない!!

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