隣の津川さん
「ぼくの人生の目標は、世間をあっと言わせる小説を書くこと……」

本田は無意識のうちにそのセリフが口から飛び出た。

「ピンポーン!まったくそのとおり」

庄司さんの瞳がきらりと輝く。

「ちょっと!庄司さん。それじゃあ、田舎のお父さんがって話はでまかせだったのかい?」

葛巻さんが鼻の穴を広げて割り込んだ。

庄司さんは軽やかに振り返ると不気味なくらい自然な笑顔で言う。

「いえいえ。父の会社がだめになったってのは本当です。僕はこのマンションを引き払って本当に実家に帰りました」



父親の経営する町工場が倒産した。

年老いた両親を助けるために庄司さんは田舎に帰ったのだった。



「親父……大丈夫か?」

数年ぶりに訪れた実家はすっかりくたびれていた。

もともと従業員もいない夫婦二人だけの経営。

町工場を始めたのもちょっと手先が器用だったから。

それがあれよあれよと好景気に乗っかってうまくいってしまった。

金属部品の加工を専門にやっていたが、仕事は工賃の安い外国に流れ、最近は工場が動かない日々が続いていた。

もともと時代の気流にのってやってきた工場だ。

気流に乗れなくなってしまったらやめるしかない。

幸い従業員もいないわけだからその心配をしなくとも良い。

家族が食べていければいいだけだ。

庄司さんの父親は、迷うことなく工場をたたんだ。



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