隣の津川さん
だいたい私はこのマンションを去る身。

いまさら津川さんがどうなったって知ったこったないわ。



本田は手紙を無造作にゴミ箱へ放り込んだ。





「本田さん・・・。」

廊下で庄司さんが声をかけてきた。

「あの・・・いまさらながらなんですが・・・あの時は本当にすみませんでした。」

意外にも庄司さんは頭を下げた。

「え・・・ちょっと待って。それを言うなら私なんて、庄司さんに怪我させちゃったし・・・。」

確か葛巻さんが言ってた。

庄司さん、スッポン本田のせいで数針縫う羽目になったって。

「あの・・・それこそいまさらなんですが、治療費私に請求してください。私が噛み付いたケガなんですから。」

「ぼくだって、これでも男のプライドありますから。そんな請求できないですよ。第一病院には飼ってるワニに噛み付かれたって言ってありますし。」

あ、ワニ・・・ですか。


「それに・・・僕、本田さんに感謝してるんですよ。」

「感謝?」

「ええ。引きこもりのニート、田舎の両親の厄介者って言ったじゃないですか。」



やばい・・・そういえばそんなこと言った気がする。



「なかなかそんなふうにストレートに言ってくれる人なんていなくて・・・あのときはほんと、最悪なくらい頭にきましたけど、冷静に考えたら事実なんですよ。田舎の親もオブラートにくるんだ言い方しかしなくて、腫れ物に触るみたいな態度で・・・。僕、それにすごく傷ついていたんですが、それを認めることができなくて・・・。本田さんのおかげです。目が覚めましたよ。」

嫌味な笑みを浮かべていた庄司さんは、すっかり別人に生まれ変わったように、澄んだ目をしている。
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