隣の津川さん
「本田先生は学校帰りに必ずうちに寄って夕飯のおかず買って行ってくれてたのに、すっかり来なくなっちゃったから、結婚でもしちゃったのかと思ったよ。」

宮田のばあさんの言うとおりだ。

以前の本田は、仕事が終わると週に3日はここに立ち寄って惣菜を買い求め、家に帰って冷凍ご飯をチンして、寂しい夕食をとっていた。

それが、津川さんが現れてからというもの、ぱったりと宮田肉店に寄らなくなっていた。

「久しぶりにおばちゃんのコロッケ食べたいな。」

宮田のばあさんのじゃがいもコロッケは、ごくごくシンプルなコロッケなのだが、普通のコロッケより一回り大きく、いもの甘さがほんのりちょうどよく、またいいあんばいにからりと揚げられている。

宮田親子は商売っ気がないのかあるのかよくわからないのだが、市価よりかなり安い。

大ぶりの揚げたてコロッケが今時60円なんてありえない。

「いやあ、本田先生。元気?」

息子が本田に気づき、仕事の手を止めてやってきた。

肉屋の息子らしく、ずんぐりむっくりした体型で脂ぎった顔つきだ。

しかもハゲ。

このばあさんの惣菜を食べて育ったのだろう。

「おばちゃんのコロッケの匂いに誘われちゃった。」

本田は素直に笑った。
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