隣の津川さん
自転車置き場に自転車を片付けていると、ぺたぺたとサンダルの音が聞こえてきた。

「ちょっと、本田さん。」

エントランスの方から聞こえてきたのは葛巻さんの声だった。

「あ、葛巻さん。」

葛巻さんはぺたぺたとサンダルを鳴らして近づいてくる。

「何が『あ、葛巻さん』よ。ずいぶんしけた顔してるわね。」

葛巻さんの化粧の濃さは以前よりだいぶましになってきたなと、本田はぼんやりと考える。

「あのさ、本田さん。私、あんたに聞きたいと思ってたことがあるのよ。新聞配達の子があんたの部屋から出てくる津川さんを見たって聞いて以来、90パーセントはあんたに敗北したとは思っているんだけど、残りの10パーセントがどうしても納得いかないのよ。」

化粧が若干薄くなったのは、恋に破れたショックのせいか。

「はあ・・・。」

葛巻さんの鼻息は荒い。

白目がかすかに充血している。

前に那須高原で見た発情したメス牛に似ているなあ。

「だからさあ、この際はっきり聞かせてもらおうと思って。」

葛巻さんは短い腕を組んで、眉間にしわを寄せた。





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