隣の津川さん
「ピンポーン。」



誰だろう。

もしかしたら、津川さん?

津川さんだったら絶対居留守にしよう。

こんな状況で彼と向かい合っても、自分の気持ちをうまく伝えられるわけない。

本田は音を立てないように、気を配りながら、玄関ののぞき穴をのぞいた。



のぞき穴から見えたのは、葛巻さんの大きな顔だった。


「どしたの?本田さん。」

葛巻さんはドアを開けるなり、靴を脱いで部屋に上がってきた。

あらためて本田の顔の異変に気づき、驚きの声を上げた。

「まさか、DV?」

「ち、違います。それはまったく違います!」

葛巻さんに変に思いこまれたらたいへんだ。

あることないこと尾ひれがつき、町中に妙な噂が立ちかねない。

「じゃあ、なんなの。そのケガは。さっき会った時にはなかったわよ!」

「さっき、ドアに顔をはさんでしまって・・・。」

本田は正直に言った。

・・・が、だからといってわかってもらえるとは限らない。

「ドアにはさむってどうやってはさむのさ?」

葛巻さんはまるで勝手知ったる我が家のようにささっと洗面所に行ってタオルをぬらしてきた。

「こりゃ、痛かったね。」

葛巻さんはまるで母親のように本田のおでこのこぶを優しく冷やしてくれた。
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