お試しカノジョ
「俺、伊藤冬樹だよ。覚えてくれてないの?」




小学生以来、男の名前を覚えたことはない。


覚えたところでなんのメリットもないし、どうせ用もないから覚える意味もない。


話しかける必要性のあるときは「ねえ」から始めれば名前なんて覚えなくていい。



「だから知らない」

「えー、そっか」




当たり前のように私の側まで歩み寄ってくる、イトー。


私は顔をしかめながら後退りをする。


しかし、一歩一歩近づくこいつ。




「ちょっと!」

「ん?なに」

「それ以上近づかないでよ!キモい!」

「キモいなんて酷いなあ。俺、顔は良い方だと思ってるんだけど」

「顔がどうこうって話じゃないの!男ってことが問題なの!」




ガルル、と敵対心剥き出しの私に、ぷっと吹き出したイケメン。



「な、なに笑ってんの!きしょい!」

「いや、だって。なんで女子校行かなかったのかなって」



奴との距離は2m程。


後ろに下がろうと思ったが、それ以上近づく様子はないので、そこに止まった。




「そ、そんなのあんたに関係ないでしょ」

「あんたじゃなくて冬樹」

「んなもんどうだっていいわよ!」

「ちょっと、人の名前否定する気?」

「はあ?男に名前なんて大層なものは不必要よ」




そう吐き捨てると、今度はあからさまに声を上げて笑われた。


その笑顔すらイケメンってなに。


笑うと顔が崩れるイケメンじゃないわけね。
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