年下くんの事情
バスの中では時折、だれかの携帯の着信音が不快に流れたりするくらいで、
なにも楽しみが無かった。 麻理子と龍は話す言葉も無く、家に無事に帰れるという安堵からか、
深い眠りについていた。

途中、龍がふと目を覚ました。横に目をやると 麻理子が肩にもたれかかって寝ている。
頬が龍の肩で押されて その影響で、口が少し開いたままになっている。
スースーと もれる麻理子の息が、龍の鎖骨に当たっては 砕け、その破片が肩をなぜていく。

白くつややかな麻理子の頬をじっと見詰める龍。
ダークブラウンの長い前髪が斜め下に垂れ落ちる。 その髪が龍の唇にかかった。
頬と同じく白い首筋はすらりと伸びていて、V字に広がるピンクのセーターの襟首から 甘い香りが漂ってきた。

昨日の夜も彼女はこんな風に・・

龍が昨日の夜の事を思い出そうとしていたら、 バスはゆっくりとカーブに添って曲がり、
大阪駅近くのバス停に止まった。

「えー大阪駅停留所です。大阪駅停留所です。お忘れ物のないよう、前の人から順序良くお降り下さい。」

低い声で運転手がマイクを使って指示をしている。
その音で 寝入っていた麻理子も目を覚ました。

「あっ・・ごめんなさいっ わたし、もたれちゃってたんだね。すみません。」
そう言うと龍に向かって 眠気眼の顔を上下に振った。
その仕草に クスッと微笑み、
「いいよ、俺も寝てたから」と、答えた。
< 28 / 107 >

この作品をシェア

pagetop