ASIN(微BL)
プイッとそっぽを向けば、叔父さんが呆れた様に先程より深い溜め息をついた。その時。
「ま、まぁまぁ。そんな頭ごなしに拒否しなくてもさ。とりあえず何で家を出たいのか理由くらい訊いてやれよ美月、な?」
「いいえ、聞く耳を持ちません。貴文さんは黙っていて下さい、邪魔です」
「じゃ、邪魔って……。え、と、鷹くん、だっけ?」
「はい」
「何でまた海都先ぱ……あ、いや、神宮の家を出たいって?」
「それは……」
実は、と問い掛けに答えようとした時、叔父さんが掌で机を軽く叩いて立ち上がる。そしてそのまま部屋の入り口まで歩いていくと
「僕はこれ以上貴方の話を聞く気にはなれません。失礼」
と出ていってしまった。
「おい美月! みつ……っ」
無情に閉まった扉に、流石の貴文さんも閉口してしまう。
「はぁ、ごめんな。あいついつもはもうちょっと、なんつーか……」
「いえ、俺こそいきなり押し掛けてこんな……」
叔父さんの態度にずーんと気が重くなってしまい俯く。叔父さんの反応は予想はしてたけど、実際あんな態度とられたら流石に……。
「すみません」
「ああ、いや、別に俺はいいんだけど。でも美月も悪気があって怒ってる訳じゃないと思うからさ」
「…………」
「とりあえず、ほら、いつまでも地べたじゃ足痛くなるだろ? 椅子に座って」
「……はい」
促されるまま土下座をといてソファーに腰を降ろす。それと同時に差し出された紅茶のそそがれたマグカップを礼をのべながら受け取った。
「えっとー、確かミナトくんの弟なんだっけ君」
「兄をご存知なんですか?」
首を傾げながら問い返せば、青年━━臼杵貴文さんが勿論と大きく頷いた。
「ミナトくんは俺がまだこの事務所の社長になったばかりの頃に作詞家として世話になってたから。ほら、うちの事務所にいたSAGIN、あいつらの作詞は全部ミナトくんが担当してたんだ」
「そう、なんですか」
「うんうん。今はSAGINも解散しちまってあんまり付き合いはなくなったけど、時々メールとかもらったりしてるし。そう言えば今アメリカにいるんだって?」
「あ、はい。トナミ兄さんのマネージャーって言うか付き人兼お守りをやってるってこの間電話が」
「そっか。あいかーらずワガママ言いたい放題なんだろうなトナミも」
「みたいです」
何かを思い出す様に目を細めた貴文さんに、俺も口許を綻ばせマグカップに口をつけた。
「で、何でまた家を出たいんだ? ミナトくんに聞いた話だと確か君は小さい時に神宮家に住み込み芸子で引き取られたって聞いてたけど」
「あ、はい、五歳の時に神宮の雪都じいちゃんに気に入られて」
神宮家とは、広島に長く根を降ろす芸者の名門家の事だ。歌舞伎の世界では有名な女形と呼ばれる男性芸子を育てる流派として世間では名の知られた家で、京都の花遊びは藤村家、広島の花遊びは神宮家と京都の有名な置屋と名を比べられる程の名家なんだ。
その家の元当主である神宮雪都に女形としての素質を認められた(らしい)俺は、わずか五歳の頃に仕込み芸子として引き取られる。以来俺は次代の女形として習練を積んできたんだけれど。
「その世界じゃ結構有名なんだって? ごめんな俺歌舞伎系はあんま得意じゃないから実はよくわからないんだけど」
「大丈夫ですよ。有名って言ったって神宮の名前が知られているだけでけして俺が知られてる訳じゃないから。俺は……神宮の名汚しですから」
「え?」
「……貴文さんは今までこの芸能事務所の社長として色んなタレントや俳優を育てて来たんですよね?」
「え、あ、あぁまぁ。つっても俺の代で有名になった奴ってSAGINの奴らくらいだけどな。じいさんの頃は結構いたらしいけど。SAGINが解散してからは所属タレントといやぁSAGINのメンバーだった奥村蘭と崎原悠太がいるくらいで」
「でも無名から全国区のアイドルに育てたんですよね」
「まぁ、うん。でもそれは俺の力って言うより元々あいつらが……」
持っていたマグカップを音をたて置くと「俺は」と貴文さんの言葉を遮るように言葉を続ける。
「今まで自分の力で何かを得た事がないんです。女形としての力も技術も名前も、全部与えられた物で。自分から躍起になってまで得た物が何もないんです」
俺が初めて神宮の女形として舞台に立ったのは八つの時だ。初めの頃は若き才能の出現だなんだと騒がれはしたけれど、時が経つにつれそれは当たり前・出来て普通の事なんだと言われるようになった。神宮家の女形芸子ならこれくらいは、むしろその程度しか出来ないのかと次第に言われはじめて。
「最初は憧れが強かったと思います。兄弟子であるトナミ兄さんの舞台を初めて見た時、俺もああなれるんだ、なるんだって。雪都じいちゃんも咲湖お母さんも実お父さんも優しくしてくれて。家族と離れて修業に入るのは寂しかったけど辛くはなかったです。けど、初めて舞台にたった時、二度目、三度目……何度か舞台に立つに連れて思い始めたんです。舞を踊るのは楽しい、楽しいけど何か物足りないなって」
最初はそれが何かわからなかった。でも時が経つにつれてそれが何なのかがわかった。
「最近わかったんです、誰も俺の名前を呼んでくれない事に」
「名前?」
「神宮の雛結(ひなゆい)、皆そう俺を呼びます。けど、誰も俺を“鷹”と呼んでくれない。俺は立花鷹なのに。雛結は本当の名前じゃないのに。トナミ兄さんは神宮の葵姫と呼ばれてるけど、ちゃんと神田トナミで認知されてて俺はされてない。それが俺には納得いかない」
トナミ兄さんは女形としてもそうだけど、俳優としても歌手としても有名だ。そんな人とまだ駆け出しの部類に入る自分を一緒にするのは間違ってるってわかるけど。
「ま、まぁまぁ。そんな頭ごなしに拒否しなくてもさ。とりあえず何で家を出たいのか理由くらい訊いてやれよ美月、な?」
「いいえ、聞く耳を持ちません。貴文さんは黙っていて下さい、邪魔です」
「じゃ、邪魔って……。え、と、鷹くん、だっけ?」
「はい」
「何でまた海都先ぱ……あ、いや、神宮の家を出たいって?」
「それは……」
実は、と問い掛けに答えようとした時、叔父さんが掌で机を軽く叩いて立ち上がる。そしてそのまま部屋の入り口まで歩いていくと
「僕はこれ以上貴方の話を聞く気にはなれません。失礼」
と出ていってしまった。
「おい美月! みつ……っ」
無情に閉まった扉に、流石の貴文さんも閉口してしまう。
「はぁ、ごめんな。あいついつもはもうちょっと、なんつーか……」
「いえ、俺こそいきなり押し掛けてこんな……」
叔父さんの態度にずーんと気が重くなってしまい俯く。叔父さんの反応は予想はしてたけど、実際あんな態度とられたら流石に……。
「すみません」
「ああ、いや、別に俺はいいんだけど。でも美月も悪気があって怒ってる訳じゃないと思うからさ」
「…………」
「とりあえず、ほら、いつまでも地べたじゃ足痛くなるだろ? 椅子に座って」
「……はい」
促されるまま土下座をといてソファーに腰を降ろす。それと同時に差し出された紅茶のそそがれたマグカップを礼をのべながら受け取った。
「えっとー、確かミナトくんの弟なんだっけ君」
「兄をご存知なんですか?」
首を傾げながら問い返せば、青年━━臼杵貴文さんが勿論と大きく頷いた。
「ミナトくんは俺がまだこの事務所の社長になったばかりの頃に作詞家として世話になってたから。ほら、うちの事務所にいたSAGIN、あいつらの作詞は全部ミナトくんが担当してたんだ」
「そう、なんですか」
「うんうん。今はSAGINも解散しちまってあんまり付き合いはなくなったけど、時々メールとかもらったりしてるし。そう言えば今アメリカにいるんだって?」
「あ、はい。トナミ兄さんのマネージャーって言うか付き人兼お守りをやってるってこの間電話が」
「そっか。あいかーらずワガママ言いたい放題なんだろうなトナミも」
「みたいです」
何かを思い出す様に目を細めた貴文さんに、俺も口許を綻ばせマグカップに口をつけた。
「で、何でまた家を出たいんだ? ミナトくんに聞いた話だと確か君は小さい時に神宮家に住み込み芸子で引き取られたって聞いてたけど」
「あ、はい、五歳の時に神宮の雪都じいちゃんに気に入られて」
神宮家とは、広島に長く根を降ろす芸者の名門家の事だ。歌舞伎の世界では有名な女形と呼ばれる男性芸子を育てる流派として世間では名の知られた家で、京都の花遊びは藤村家、広島の花遊びは神宮家と京都の有名な置屋と名を比べられる程の名家なんだ。
その家の元当主である神宮雪都に女形としての素質を認められた(らしい)俺は、わずか五歳の頃に仕込み芸子として引き取られる。以来俺は次代の女形として習練を積んできたんだけれど。
「その世界じゃ結構有名なんだって? ごめんな俺歌舞伎系はあんま得意じゃないから実はよくわからないんだけど」
「大丈夫ですよ。有名って言ったって神宮の名前が知られているだけでけして俺が知られてる訳じゃないから。俺は……神宮の名汚しですから」
「え?」
「……貴文さんは今までこの芸能事務所の社長として色んなタレントや俳優を育てて来たんですよね?」
「え、あ、あぁまぁ。つっても俺の代で有名になった奴ってSAGINの奴らくらいだけどな。じいさんの頃は結構いたらしいけど。SAGINが解散してからは所属タレントといやぁSAGINのメンバーだった奥村蘭と崎原悠太がいるくらいで」
「でも無名から全国区のアイドルに育てたんですよね」
「まぁ、うん。でもそれは俺の力って言うより元々あいつらが……」
持っていたマグカップを音をたて置くと「俺は」と貴文さんの言葉を遮るように言葉を続ける。
「今まで自分の力で何かを得た事がないんです。女形としての力も技術も名前も、全部与えられた物で。自分から躍起になってまで得た物が何もないんです」
俺が初めて神宮の女形として舞台に立ったのは八つの時だ。初めの頃は若き才能の出現だなんだと騒がれはしたけれど、時が経つにつれそれは当たり前・出来て普通の事なんだと言われるようになった。神宮家の女形芸子ならこれくらいは、むしろその程度しか出来ないのかと次第に言われはじめて。
「最初は憧れが強かったと思います。兄弟子であるトナミ兄さんの舞台を初めて見た時、俺もああなれるんだ、なるんだって。雪都じいちゃんも咲湖お母さんも実お父さんも優しくしてくれて。家族と離れて修業に入るのは寂しかったけど辛くはなかったです。けど、初めて舞台にたった時、二度目、三度目……何度か舞台に立つに連れて思い始めたんです。舞を踊るのは楽しい、楽しいけど何か物足りないなって」
最初はそれが何かわからなかった。でも時が経つにつれてそれが何なのかがわかった。
「最近わかったんです、誰も俺の名前を呼んでくれない事に」
「名前?」
「神宮の雛結(ひなゆい)、皆そう俺を呼びます。けど、誰も俺を“鷹”と呼んでくれない。俺は立花鷹なのに。雛結は本当の名前じゃないのに。トナミ兄さんは神宮の葵姫と呼ばれてるけど、ちゃんと神田トナミで認知されてて俺はされてない。それが俺には納得いかない」
トナミ兄さんは女形としてもそうだけど、俳優としても歌手としても有名だ。そんな人とまだ駆け出しの部類に入る自分を一緒にするのは間違ってるってわかるけど。