誘惑~初めての男は彼氏の父~
 あいつ。


 すなわち佑典のこと。


 今頃佑典は、私がこんなことになっているなどとは夢にも思わず。


 帰省してきて久しぶりに会った先輩たちと、ジョッキ片手に芸術論などを繰り広げているのだろうか。


 この街のどこかで。


 もしかしたらフロントガラスに映るネオンの一つが、佑典の居場所を示しているのかもしれない。


 「君があいつのものだとは、頭では分かっていても・・・。何か悔しい」


 まるで私が、不倫をしている人妻みたいに。


 和仁さんはまるで、待つ人がいる女であると知りつつも恋い慕うことをやめられない少年のように、私を切なく見つめる。


 「今夜だけでもいい。君の胸に甘えたいんだ」


 ・・・幾度となく繰り返されてきたこの台詞。


 この「今夜だけ」との言葉にいつも、つい流されてしまう。


 今夜限りで終わることなど、ありえないのに。


 他ならぬ私自身が、終わらせることなどできないと分かっていた。
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