誘惑~初めての男は彼氏の父~
 どうしてか分からないのだけど。


 この人に触れられているだけで、毒牙に侵された獲物のように身動きが取れなくなる。


 唇を重ねると、吸血鬼に血を吸われたかのごとく、力が抜けていく。


 身体のバランスを保っていられなくなり、シートに崩れ落ち、力なく横たわるだけ。


 「和仁さん・・・」


 世界で一人だけ、私の自制心を崩壊させ、こんなにしてしまう人の名を呼んだ。


 「他の男の腕の中で、こんなに乱れる理恵を想像したくない」


 「私、他の人とじゃ感じません・・・」


 それは紛れもない真実。


 だけど和仁さんは私のその告白を、この期に及んでもまだ清純派を装うための、些細な偽り程度にしか受け取らなかった様子。


 「・・・あいつを誘う時も、そんなふうに寂しそうな目をするのかな」


 「私・・・」


 「答えは要らないよ」


 私が何か口にする前に。


 キスで唇は塞がれて、全ての言葉は閉ざされた。


 その瞬間、全てが砕け散ったような気がする。


 今ここで抱かれ、何もかも忘れて夢中になれるのならば、昨日も今日も明日ですらどうでもいいと思えるくらい。
< 190 / 433 >

この作品をシェア

pagetop