誘惑~初めての男は彼氏の父~
 ・・・。


 帰り道。


 大学構内を南北に貫くメインストリートを、二人歩いた。


 秋になればイチョウが金色に色付く名所だけど、今は初夏。


 湿度が高めの、曇りの夜。


 風に乗って木々の香りが漂ってくる。


 「・・・今日の演奏会を終えて、まずはやっと大役を果たし終えたという安堵感。そして今日からは、理恵との時間を増やすことができるという期待」


 二人、手を繋いで街路樹の歩道を歩いていた。


 「今後は理恵のことを一番に考えて生きていきたい」


 そう誓った後、握る手の力が強まった。


 「だからさっきも言ったように・・・。今はまず佑典のことに集中して」


 またしても心苦しさから逃れるため、話を逸らそうとする私。


 「もしかして・・・迷惑?」


 「えっ」


 あまり露骨に避けすぎたかと、ちょっと心配になった。


 「性急に将来を縛りすぎるのって、理恵には窮屈に感じる時ってあるのかな」


 「・・・」


 両親の微妙なすれ違いを間近に見てきた佑典は、自分は決してそのようにはならないと心に誓っていた。


 そのせいか早く結婚して、幸せな家庭を築きたいと願う気持ちが強かった。
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