誘惑～初めての男は彼氏の父～
　｢そんなにありふれたことなのでしょうか｣


　私はまだ学生で、既婚者の知り合いというのは親戚か、学校の先生か、バイト先のおばさまたち、家庭教師先の一家くらい。


　どこでも平凡で平和そうな家庭ばかりしか目にすることはなく、配偶者以外の相手と関係を持つなんて･･･。


　テレビドラマか小説の中の話にしか思えなかった。


　｢和仁さんの周りには、そういう人がたくさんいるんですか｣


　和仁さんのお友達には、年齢的にも既婚者が多いという(離婚経験者も)。


　もしかしたら不倫だとか浮気だとか、そういうことが当たり前な環境下で、感覚も麻痺してくるとか･･･。


　｢理恵との関係も、見る人が見たら同じことだから｣


　｢私は･･･｣


　彼氏を裏切り続けているという事実は、否定しようがない。


　しかもその相手は、世界で最も許されない相手･･･。


　｢以前だったら･･･。大恋愛の末に結婚した奥さんを裏切って、不倫をくり返し、挙句バレて修羅場を引き起こす奴を見て、馬鹿だなーって思った｣


　｢修羅場とかって、実際に目にしたんですか｣


　｢偶然居合わせたことがあってね｣


　｢修羅場に･･･｣


　まさにドラマのワンシーンのような場面。


　｢衝撃だった。自分は絶対にああはなりたくないって誓ったはずだったのに｣


　｢･･･｣


　平凡に毎日を生きていれば、起こりもしないような出来事。


　ささやかな平和に背を向け、禁断の果実を手にしたことによって、破滅へと向かって突き進んでいることは分かっているはずなのに。
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