誘惑~初めての男は彼氏の父~
 「先日町内会関連の集金があって、父さんが慌てて財布を取り出して支払った時」


 「・・・」


 息を飲んで佑典の話の続きを待つ。


 「その際お札と一緒に、美術館の半券がひらひら舞い降りたんだよね。半券には日付が刻印されてたんだけど、高尚な趣味があるんだと思って、何となく日付だけ記憶していた」


 「日付・・・」


 「そう。今日になって理恵ブログ見たら、父さんと同じ日に美術館に足を運んでいたのに気が付いて。もしかして偶然遭遇していたのかなって」


 ・・・佑典のこの言葉で、私は確信した。


 佑典は私と和仁さんが一緒に出向いたとは、夢にも思っていないと。


 「私は午後に行ったんだけど、お父さんは何時頃いらしたのかしら?」


 何気なく聞いてみた。


 「日付が刻印されていただけだから、時間までは分からないな。同じ美術館とはいえ広いから、よっぽど同時間にニアミスしないと気づかないかもね」


 やはり全く勘付いていない。


 「ま、あの人のことなんてどうでもいいよね。それよりさ、この前テレビの情報番組で紹介されていた、三丁目の・・・」


 そこから急に、会話が逸れた。


 私と和仁さんが同じ日に同じ美術館に出向いていたことなど、佑典にはただの偶然としか映っていない。
< 305 / 433 >

この作品をシェア

pagetop