誘惑~初めての男は彼氏の父~
 「ベンツ・・・」


 私が今まで生きてきた中でベンツに乗ったのは、一度きりだけ。


 和仁さんの助手席だ。


 家庭教師先の母親に送迎してもらった際は、別の車種だった。


 ・・・車種まで限定されているということは、どこかで誰かに見られていた可能性が高い。


 私と和仁さんの逢瀬の現場を。


 「では一刻も早く、佑典さんとは別れてください。佑典さんの将来を台無しにしたくないならば」


 そう言い捨てて、内村さんは歩き去っていった。


 「やだっ、明日香ったら大胆」


 「昔読んだ、何かのマンガの台詞みたーい」


 取り巻きたちはくすくす笑いながら、内村さんの後を追いかける。


 私は一人、廊下に立ち尽くしている。


 誰かが私と和仁さんが一緒にいるところを目撃して、それを「援助交際」と名付けて言い触らしている。


 もしかしたら意図的に?


 内村さんたちのグループだったら、私が佑典以外の男性の車に乗っているのを見かけたら。


 親密そうに接しているのを目撃したりしたら、鬼の首を取ったように大騒ぎするかもしれない。


 彼女たちは、私が佑典と別れるのを期待している。


 私が過失を犯すのを、手ぐすね引いて待ち構えている。
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