誘惑~初めての男は彼氏の父~
 思えば佑典が怒りで取り乱したところって、見たことがないような気がする。


 いつも優しくて穏かで・・・。


 そんな佑典の信頼を裏切っている私。


 真実が白日の元に晒された時のことを考えると。


 予想が付かない。


 でも怒らないはずはない。


 裏切られたことに対する怒りは、どのような形で姿を現すだろうか。


 想像ができない分だけ、怖さが増していく・・・。


 「何も判らないうちに、終わらせるのが最善なことは僕も分かっているのだけど」


 今ならまだ間に合う。


 それは和仁さんが一番分かっているはず。


 「一度婚約を交わしてしまえば、もう後戻りはできなくなるね」


 髪に触れ、首に腕を回し・・・顔を近づけ頬にキスをする。


 私は未だに迷っている。


 今年度いっぱいで大学を辞めて佑典について海外に行くという危機は、当面のところは回避できた。


 ただし先送りになっただけで、いずれは・・・。


 「どうしようか。これを機に佑典ときっぱり別れるか。一年間限定でこっそり楽しんだ後、何もかも忘れて佑典に嫁いで行くか。それとも・・・けじめをつけるために今のうちに僕と別れるか」


 現状では選択肢は三つ。


 決断の時は迫っている。


 何も変わることなく、窓の外の夜景は輝き続けている。
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