誘惑~初めての男は彼氏の父~
 「理恵」


 木陰で、一瞬人通りが絶えたその隙に、唇を重ねた。


 「卒業後はこうしたいと願っても、なかなか触れられなくなるね」


 佑典は私をそっと抱き寄せ、こうつぶやいた。


 今は会いたい時に会って、触れ合えるし抱き合える。


 それが海を隔ててしまえば。


 メールやネット通話などで会話はできても、触れることはもうできない。


 来年の春からはしばらく、そんな日々が続く。


 「卒論提出したら、あとは卒業試験を無事終えて・・・。それと卒業公演」


 卒業前にオーケストラ部で、卒業生が参加する最後の公演が開催される。


 佑典の演奏を見るのは、それが最後になるかもしれない。


 その後は海外赴任の準備や事前研修などで、慌しい日々に塗りつぶされていくはず。


 そして・・・。


 さっき口に含んだワインが回ってきて、あれこれ考えるのが面倒になってきた。


 辺りには少し雪が積もっているけれど、まだ根雪になるほどではない。


 とはいえ12月の夜風はかなり冷たい。


 佑典の腕は冷たい風を遮断してくれて、束の間のぬくもりを覚える。
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