誘惑~初めての男は彼氏の父~
 「確かに政治的には不安定な国だけど。日本人街は治安もいいし、警察も優先的にパトロールしてくれるから、問題ないよ」


 心配そうに告げた山室さんに、佑典は笑顔で答えた。


 「いずれは理恵ちゃんも行くんだろ?」


 「はい」


 山室さんに今度は私が尋ねられたので、頷き答えた。


 「心配だな。国内情勢が今よりも悪化したら、日本人街も安全とは言い切れなくなるぞ。現地の人たちとの繋がりだってあるんだから」


 「お前は心配性だよ、山室」


 佑典は赴任先の国内情勢について、さほど危機感を抱いていない。


 危険だと思ったら、そもそも赴任話に飛びついたりはしなかったんだろうけど。


 「まあお前は、一度決めたことは誰がどう諭しても翻意しないからな。理恵ちゃん、困ったことがあったら相談してね」


 社交辞令だとは思うけど、山室さんは私にそう告げて締めくくった。


 卒業後は大手銀行への就職が決まっていて、程なく研修が始まるらしい。


 顔見知りの先輩たちの多くが卒業と共に、大学を離れる。


 文系ゆえ、大学院に残れるのはほんの一握りの成績上位者。


 四月からは私たちの代が四年生、最終学年。


 卒業に向かって、いっそう慌しい日々が始まる。
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