誘惑~初めての男は彼氏の父~
 ・・・。


 「こうして会えるのも、あとわずかだね」


 帰り道。


 大学構内を出て、大学前の通りの横断歩道を渡っていた際、佑典がそっとつぶやいた。


 「こっちはまだ寒いけど、向こうはもう暖かいんでしょう?」


 「暖かいっていうか・・・常夏だよ」


 「それもそうね」


 佑典がこれから住む街は、北緯10度台。


 赤道に近い。


 「雪なんか降ったら、天変地異の領域だよ」


 こちらはようやく春の兆しで、雪が降る夜も少なくなってきてはいるけれど。


 道路脇にはまだ雪が積まれて残っているし、朝夕は依然として氷点下。


 「前回初めての滞在時、向こうは30度でこっちはマイナス10度。気温差40度でおかしくなりそうだったよ」


 「よく風邪ひかなかったわね」


 「理恵も一年かけて、暑さに慣れておいてね」


 「うん。私、暑いのは平気」


 「理恵は寒がりだからね」


 私の故郷は、冬の最低気温はマイナス20度になったりするくらいに寒い地域。


 寒さには慣れているはずなのに、寒いのが苦手な私。


 「これからしばらく・・・。寒くても暖めてあげられなくなるけれど。他のぬくもりを求めちゃだめだよ」


 街角で。


 不意に抱き寄せられた。
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