誘惑~初めての男は彼氏の父~
 「明日・・・。また連絡するから」


 「うん。待ってる」


 最後に唇を重ねた。


 互いに手を取りながら。


 しばらくの間互いの唇を確かめた後、そっと離れていき。


 そして互いの手もやがて離れていく。


 「あ・・・」


 「どうした?」


 握り締めた手が離れた瞬間、比べようもない喪失感に襲われた。


 この手を離すべきではなかったような・・・。


 「ほんと、今日の理恵はいつもにまして寂しがり屋さんだね。帰りたくなくなるよ」


 佑典は私を安心させるように、再び頭を撫でた。


 「・・・」


 なぜだかよく分からないのだけど、今は佑典の手を決して離してはいけないような気がしていた。


 ひとたび離してしまえば、取り返しのつかないことが起こるような予感がして。


 「じゃ。そろそろバスの時間だから・・・」


 いつものように佑典は去っていこうとした。


 これまで三年近く、当たり前のようにくり返されてきた日常。


 にもかかわらず離れることがこんなに苦しいとは。


 繋いだ手は離れ、ぬくもりが氷点下の寒さの中、たちまち消えていってしまう。


 私は言葉にできない思いを口にすることもできず、去り行く佑典の後姿を黙って見送るだけだった。
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