腐女子vs芸能マネージャー
「円、こっち下絵出来たよ」
「ありがと豊! じゃあ次こっち。指定の部分にベタぬってちょうだい」
「あ」
「あん? 今、あ、って言ったでしょ蘭」
「スミマセン……」
「あああっ、髪のベタはみ出してる! あれだけ気を付けろっつったのにこのアンポンタン! ちょっと貸して! ああっもうホワイトどこよホワイトー!!」
ペン先だのトーンのカスが散らばった机の上をガチャンガチャンと混ぜっ返しながら修正液を探していると、横にいた豊が無言で目的の物を差し出してくる。
お礼もそこそこ受けとるとキャップをはずし、白い液体をはみ出した箇所へとぬっていく。
今何をしているかって? そんなの原稿に決まってるじゃない。
季節は夏。夏の大型イベントは何も夏祭りだけじゃないのよ。
そう、夏と言えば夏コミ。大型同人誌即売会がある! あたしはそのイベントで作品を売るため、只今絶賛修羅場中というわけ。
〆切が間近に迫り、殺気立つあたしのお手伝いをさせられてるのが幼馴染み二人組(性別男)。
気だるげな口調で下絵の出来た原稿を差し出してきたのは、柔らかい黒髪をショートに切り揃えた幼い顔立ちの少年、崎原豊。悠太の実兄でシルバーアクセが大好き。耳に首、腕の至るところにジャラジャラとしたアクセを身に付けていて、この音に結構集中力途切れさせられるのよね。
「こっえぇ……やっぱ修羅場中の円は人間じゃねえ。鬼ババだ鬼ババ」
そしてもう一人。豊より若干童顔が目立つけど態度は天より高い現役アイドルで俳優の奥村蘭。SAGINのメンバーでリーダーを勤めている。
その二人が今日のあたしの専属アシスタントだ。
「ほら蘭、手を止めたらまた怒られるよ?」
「うわ、ヤッベ!」
「けどさぁ、毎回思うんだけどよく男の僕達にBL同人誌の作業手伝わせるよね円も」
「しかも18禁。うぅわこの体位確実に無理だろ」
ボヤキにも似た二人の言葉に、あたしはフンッと鼻で笑う。
「何を今さら。今更あたしがどれだけぐっちゃぐちゃなエロシーン描こうがあんた達ふっつーに作業こなしてるじゃないのよ」
「まぁ、そうだよね」
「誰のせいだよ」
二人の言葉が重なる。
とりあえず手を動かして! と叱咤した後、原稿へ向き直ったあたしの背中に蘭が「あ、そういえば」と言葉を投げてくる。
今度は何よとげんなり肩を落としながら振り返れば、眼前に差し出された一つのデジカメ。それは昨日貴文達に取り上げられたあたしのデジカメだった。
「お前のだって美月に預かったんだ」
「あの腹黒に?」
受け取り電源を立ち上げて保存画面を開くと、昨日撮影した写真は全部残っていて消されてなかった事に安堵の溜め息をついた。
「とりあえず中身は個人で使う範囲……金銭が関わらない範囲でなら勝手に使ってどうぞだってよ」
「へぇ、よく撮れてるじゃない」
横から豊が覗き込みながらうんうんと頭を振る。
「そりゃモデルがいいからだろ」
フフンと鼻高々に言う蘭に「あんたは撮ってないけどね」と一言。
「一言余計だっつの!」
「で、こんなに撮ってどうするの? 売れないんじゃ意味なくない」
そうなのよねぇ。資料(主に修羅場時の萌えチャージに使う)に使ってしまえば後はあんま必要ないからいつもは売りさばくんだけど。
「結構いい値つくのよねー生写真って。特に悠太とシーナのツーショットってヤバイのだと五千円とか」
「マジで!?」
「悠太がシーナにほっぺちゅーしてるやつなんてその倍いくんだから」
「円、君人の弟に何させてんのさ」
単体で高いのはやっぱ樹とトナミかしら。その上を行くのが……
じーっとBL原稿と睨めっこする現役アイドルの幼馴染みを見つめる。そして間をおいて「はぁあああ」と深い溜め息をついた。
「黙ってればイケメンなのよねぇあんたって」
「へ? 何が?」
「べっつに~」
SAGINの面々は個々に女受けする奴らだけど、蘭はまたその上をいくって言うか。ま、こいつの写真を買ってくのは主に男、なんだけどね。
「ま、売れないんじゃしょうがないわ。アルバムにでも貼ってしまっておくわよ。それより原稿よ。これが終わるまでご飯抜きよ!」
「「はぁ!?」」
「ちょっ、飯を食わないって……鬼にも程があんだろ!」
「腹が減っては戦もできぬって言葉知ってる?」
「うっさい! 武士は食わねど高楊枝よ!!」
「いつから武士になったんだよ俺ら」
「知らないよ、もう」
「さぁ行くわよあんた達!」
「飯……」
「もう諦めな蘭……__」