小野部長
隣の席の坂巻が落ち着かない。

PCを見ていたと思ったら書類を手に立ち上がり、一歩歩き出した後また席に戻り、PCをカチャカチャ。

プルプルと頭を振ると、また立ち上がる。

「どうした?」

無視を決め込んでいた高峰であったが、いい加減目についてしょうがない。

しぶしぶと声を掛けると、うるうるとした目をこちらに向ける坂巻。

「どうしよう!高峰さん、僕、家の鍵掛けてきてないかも。」

なんでも坂巻は先ほど家の鍵をかけてきた記憶がないことに気が付き、おろおろとしていたらしい。

「大丈夫だよ、坂巻君。」

どこからともなく小野部長が現れた。

「鍵を掛けたかどうか忘れちゃった時や火を消したかどうか忘れちゃった時、どうだったか分からない事を思い出した時っていうのはちゃんとやってるもんだよ。」

危ないのはやってない事を思い出せない時だね、と部長が語り始めた。

「就職して2,3年経った頃かな。
あの頃の僕は一人暮らしをしていたんだけど、夏休みに実家に帰省をしたんだよ。
実家でゆっくりして家に帰ってきたらさ、家のドアが少しあいていたんだ。
びっくりしたよ~。
泥棒かなって慌てて家に入ってみたら、出かけた時と変わらない様子でさぁ。
ざっと確かめたけど、なくなっていたものもなくってホッとしたよ。」

「それって‥鍵を掛け忘れて実家に帰られていたんですか?」

坂巻がまだうるうるしている瞳を部長に向け、尋ねる。

「そうなんだよ!よくよく考えてみたら、どうやら僕鍵を掛けてなかったんだよね。」

えへへ、と照れくさそうに笑う部長。

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