カノンの流れる喫茶店
マスターが言った。

「僕でよければ、いつでもコーヒーを入れるから。元気出して」

マスターは優しい。

だけど、

「マスター、傷心の女の子に、そんなこと言っちゃ惚れちゃうよ」

マスターは心に決めた人がいるんだから、そんな優しさ、とてもずるいと思った。

「だけど」

と、マスターは食い下がる。

優しいマスターは、常連の私を、気遣ってくれる。

とても嬉しいけれど……

「じゃあマスター、私のためにピアノ弾いてくれる?」

「え?」

「知ってるよ。マスター、ピアノ弾けるでしょ。カノン、愛のあいさつ、最後にきらきら星……私のためだけに弾いてくれる?」

その優しさに、つけ込みたくない。

私には、手の中にもらったラテのあたたかさだけで、もう充分だよ。

< 5 / 8 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop