彼のヒーローヴォイス
○すれ違った心
夢と想いと…
月日は流れ―――――――――。
桜が散り始めた4月上旬。
寮から事務所が借り上げたアパートへと住まいを移し、日中は大学、夜はレッスンという新しい生活が始まっていた。
父の承諾に時間がかかるかと思っていた私と母だったけど、
大学への進学を条件に、あっさりと事務所との契約に頷いてくれた。
進学をせずに事務所へ入ることだけは、許されなかった。
それが、父としての外部へのプライドだったのかもしれない。
それと、いつか娘が夢を諦めるだろうと思っているのだろう。
だけど、道を歩き始めた私は、絶対に諦めることはしない。
専務と荒井マネージャーが、私をスカウトしてくれた時に言っていた私を含む“ユニット”のメンバーとも先月から一緒にレッスンをし始めた。
「おはよーございまーす」
「「おはよー」」
大学を終えて、まっすぐに事務所へと顔を出した私をいつもと変わらず迎えてくれた二人。
来生利奈(17)と大迫智一(20)。
利奈と智一と私の名前のイニシャルを取ってユニット名『TR2』
リナは雑誌の読者モデルもやってる現役高校生、
トモはアルバイト(映画館)をしながら三人でのデビューを目指す。
私にとっては少し、方向がちがうけれど、メディアに出れば何かとチャンスも巡ってくると前向きに考えて、今はレッスンして頑張るしかない。
2人も事務所のアパートに住んでるから、もうすっかり打ち解けた。
「怜ちゃん 見てー この間読モのコスメ特集の撮影でこのグロスもらったの」
椅子に座ったリナが膝の上のカバンから出したグロスは、パッケージからして女の子が好みそうなキラキラとしたラメが散りばめられていた。
「わー 可愛いね リナにピッタリだね!」
リナの傍に近づき、リナが手にするグロスを見る。
「へへ、そぉー?」
嬉しそうに笑うリナを、窓際にいるトモが切れ長の目を緩ませながら見つめてたのを私の視界はしっかり捉えた。
トモは、絶対リナのこと好きだよねぇ…
ふふ、まぁ、見て見ぬフリしておこう。
「でね、色は違うケドぉ、怜ちゃんの分ももらってきたよ」
そう言って、鞄の中から、もう一つのグロスを出して私に差し出した。
「え…、いいの?リナ?」
戸惑いながらも、それを受け取った。
「うん、だって、その色はサンプルだから生産しない、って広報の人言ってたの だからもらっちゃったー」
もらっちゃったー…て…
あ…そう…
生産しない=却下の色、ってことね、はいはいはい。
でも、ま、いーわ。
「アリガト、遠慮なくいただいておくね」
グロスを手にした私の方を見て、フッとトモが鼻で笑う声が聞こえたので、キッと睨んでやった。