彼のヒーローヴォイス

沖縄ロケも無事に終わり、アパートの自分の部屋へ戻ろうとすると、
部屋の前に、誰かが立っているのが見えた。


え…、誰? 私、なにか、した?


暗い通路だし、目を凝らしても誰なのか、いまいちわかんない。
ゆっくりと歩を進めると、見覚えあるシルエットそして、後ろ姿だった人物が、振り向いた。


「おかえり 怜」


「純一っ」


向けられた笑顔に、小走りで近寄った。


「え、なんで? どうしたの? 今日養成所は? お休みなの?」


この場に純一がいる不思議と、久しぶりに会えた嬉しさで、犬のようになってしまう。


「ちょ、怜、とりあえずさ、中入れてくんない? ココじゃ近所迷惑だろ?」


そうだった…。
さっき、事務所で車を降りた時、スマホのディスプレイを見たら22時だったから
こんなところで立ち話なんてしてるのはよくない。


「うん、ちょっとまって、今、カギ出すから」


肩から斜めにかけたお気に入りのがま口ポシェットの金具を開いて中からカギを出し、玄関を開けた。
持っていたスーツケースは、純一がひょいと持ち、玄関先に置いてくれた。
勝手知ったるかのように、先に純一が部屋の中に入っていく。


早くに梅雨明けした沖縄と違って、こっちはまだまだ梅雨の最中なので、すぐさまエアコンを稼働させた。


「怜、ちょっとシャワー借りていっか? 今日、湿気多かったからなんか、汗すっげ掻いてさ」


「あ、うん、いいよ バスルームわかる?よね、狭いアパートだからすぐそこだよ はい、これ」


バスルームへ向かう純一に、バスタオルとフェイスタオルを渡す。


「おお、サンキュ んじゃ、借りっからー」


はじめて、純一が、この部屋に来て、はじめてお風呂に入ってる…。
なんだか…
これって、いわゆるカレシがカノジョの部屋に来た、って感じ?
あ、でもな…
純一と私は… 付き合ってる、ワケじゃ、ない…し…。


ただの…幼なじみ…だから?…


振り返ってみても、私も、純一も、お互い“好き”と告白したワケでもないし、
“付き合おう”って、言ったワケでもない…。


小さい頃からずっと一緒で、いつでも手の届く場所にお互い居て…。
同じ夢を追いかけてはいるけれど…。


私と純一って……

このままで、いいの…?

私は…?

純一の傍にいたい?いたくない?


ふと、そんなことを急に思い始めた。
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